



不意の
「マスク、いつになったら外せるんだろうな……」
眉根を寄せて、彼がつぶやく。
ー息苦しいよね。でも、仕方ないよ
「表情が見えた方が、気持ちもわかりやすいのにな」
ーたしかに。困るよ、ね
「できないことも多くなるし」
ーえ、できないこと? ……顔認証とか?
「だね、それも。あとさ、別れ際の不意のキス?とか」
彼、言いながら笑っちゃってる。
ーキス、って。思いついたこと、すぐ口にしないでよね、ホント
「するよー。あ、着いた!ここで降ります」
タクシーが停車。後部ドアが開く。
ーここで?会社に戻るの?
「ああ、酔いも覚めてきたし。今日は楽しめた?」
ーうん、美味しかった
「良かった!運転手さん、これで、彼女の自宅まで」
メーター表示より多めな紙幣をドライバーに預けた後、
「じゃあね、気をつけて」
開いたドアへ身体を向けて、コインローファーを車外へと滑らせる。
ーうん、またね!楽しかった。今日は、ありがとう
彼の背中に向けて言葉を投げ込みながら、マスクを、そっとはずしてみる。
photo・nishida shuhei
text・suzuki sachihiro
stylist・yamamoto hiroko
hair make・kawasaki hitomi
update・2021.10.20
いげた・ひろえ
2月3日生まれ
http://www.box-corporation.com/hiroe_igeta